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Mimosa Palette ライフ学

〜ミシガン州ヨーク村からシンプル&ナチュラルライフ〜

人間関係のシンプル化も大切?

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(出典:https://introductiontohumancommunication.files.wordpress.com/2012/02/cropped-c12.jpg

わたしは

悪いけど

あまり意味のない人間関係は避ける主義だ。

もちろんどんな人も師匠とみなすことが可能で学ぶべきことは必ずある。

人を助けてあげるべき時もある。

でも

人生の中のある地点で自分の立ち位置と相手の立ち位置が大きくずれていっているように感じる時がある。

そんな時は、もうこれ以上関係を持続させることは不可能なのだ。

これには友人だけでなく家族も含まれる。

 

友人の例

わたしの職場に以前よく話をしていた女性の同僚がいる。

彼女は独身で毎年欧州に海外旅行に出かけるのが趣味。

その理由は「欧州の雰囲気が好き」だから味わいたいらしい!

毎年、「今年の欧州旅行」の土産話をしてくれるが、あくびが出るほど退屈!

その国の政治状態とか社会とか深い文化的な事とか知り合った現地の人の事でも話してくれるものかと期待していたが、何年経ってもそれはなかった。

そういうことには興味がないのだろう。

 

彼女の人生はわたしから見ると

ひとえにラクチン!

 

世話をしないといけない子供がいるわけでもなし。

伴侶がいるわけでもなし。

海外にいるので年老いた親の世話とかもなし。

不動産があるわけでもないので家のメンテナンスもなし。

車はリースなので修理はなし。

貯金もたんまりあるし、

残りは趣味に消えているようだが

借金もなし。

大きな健康問題で今困っているわけでもなし。

 

可愛いお菓子を焼いてはワイワイいっている。

あの時40歳くらいだったけれど、精神年齢は23歳に見えた。

悩みなど何もなさそうだった。

 

確かに彼女は明るく楽しい人だ。

ワイワイキャーキャー言っていて

可愛い性格だと思った。

でもそれだけ。

 

自分はそれとは反対に

健康疾患と発達障害の子供に囲まれ、

それに対応するため悪戦苦闘の日々だった。

1エーカーの庭とアメリカサイズの家の手入れ。

それにフルで仕事もしていて

勉強もしていた。

だから彼女がウキウキと語ってくれる可愛いお菓子の話などだんだん聞きたくもなくなってきた。大体が人のレシピで作ったものをフェースブックにアップしているだけ。それに何の価値があるのか???

それでも波風を立てないために「わ〜可愛い〜。素敵!」とかわたしも調子に乗って騒いでみた。

 

でも

アホらしい!

と実は心の中ではそうつぶやいていた。

それにはっきりいって時間の無駄。

こんな会話をしていても得るものはゼロ!

与えるもの?

彼女はわたしの「辛い人生話」に興味はないから、こちらから与えるものもナシ。

 

彼女は職場を変え、

その後音沙汰は消えた。

それで全く問題ないと感じている。

私たちの間には「日本人女性」以外の共通点はないからだ。

でも確かにアクのない典型的な大和撫子でとてもいい人だった。

 

家族の例

我が家の子供達は20代で一応全員大人である。

でも大人からはかけ離れていると常に感じている。

だから、ついつい「賢明な助言」という名の「いらぬお節介」を焼きたくなってくる。

でも一応大人なんだからと、人の人生に口出しをしないように極力気をつけている。

わたしの子供は自分から生まれた人間ではあるけれど、根本的に自分とは異なる人間なのである。つまり他人、イコール他の人間。だから異なる考えを持っていてもそれは当たり前のことで親は受け入れないといけないのだ(当然気に入らないけど)。

わたしの人生の責任は自分自身にあり大人になった子供たちにはない。

教えられることは教えたし、それに沿うことが嫌ならそうすれば良い。親には関係がありそうで関係がなく、子供の選びは親のコントロールが及ぶ範囲にはない。

だから遠目で見ることにしている。

(もしこれができたなら、親という難関大学に所属している方のストレスの9割は消えていくと保証できる。)

 

伴侶もこれに準ずる。

大人なんだから夫のやり方を尊重すべきで、ほとんど何も言わないで、「ふ〜ん、そうなんだ」とだけ言う。

 

そうやって家族を遠目から見るようにしている。

家族の人生を近くで見ないで遠目で見ることはシンプル化のステップではないだろうか。それは家族に起きていることの全てを自分のことのように取らないことを意味する。

自分の家族の人生の選択に口を挟めば、それは自分の問題となり、自分の生活の複雑化につながる。

で、実際、自分が果たしてどのくらいこれを実践できているかというと・・・

 

実は(ず〜っと)現在進行形状態(汗)!

でも筋トレと同じで実践すればするほど実践力が向上(するはずなんだけど・・)。

 

継続は力なり!

努力は人を裏切らない!

を心に留めて日々前進あるのみ。

 

結論

本当のシンプルライフには物質のみに限らず人間関係も入る。

人間関係のシンプル化とは、意味なしの人付き合いを減らすことがまず第一だ。

自分の立ち位置とかけ離れてしまった人間関係は生活を複雑化させる。無理やり合わせないといけない(個人及びグループも含む)「付き合い」は精神的にきつい。

それは自分の頭(マインド)と心(魂)が分離されどこかで折り目をつけないといけないという焦燥と困惑が自分の中で起きているからである。

だから精神と健康の両方に悪い。

 

もしどうしても維持しなければいけないようなら、「遠目から見る」方法で対処するのはどうだろうか。

 

つまり自分の感情

その人物及び出来事から切り離して

遠くから観察するのである。

 

第二に他人の人生に口出しをしないこと。

口出しは紛争につながり結果的に自分の心の均衡性を失わせることにつながる。

国際間の紛争もこれにしかり?

 

もし自分の人生をより平穏に生きたかったら、人間関係のシンプル化は必須であるように強く感じている。

どうだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

イラスト:MCL