https://blog.with2.net/link/?2024349

Mimosa Palette ライフ学

〜ミシガン州ヨーク村からシンプル&ナチュラルライフ〜

悪いけど・・・ある産業は消えていっても仕方がないのだ

f:id:MimosaPalette:20200704014829j:plain

ニューヨークの有名店舗(出典:https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-05-07/wave-of-bankruptcies-builds-as-debt-and-virus-clobber-companies



物価上昇

昨日、食材を買いに行って驚いた。

数ヶ月前は$2.19 (219円)だったものが今はなんと$3.65(365円)

 

ロックダウン時に、世間では「物価が上昇するぞ〜」と警告されていたが、

食材に関しては本当だった。

国は市民に補助金を出したが、そもそもアメリカは借金ですでに首が回らないのにどこのそんな余裕があるのか。

政治家は経済学者ではない(トランプ大統領の強みは経済だが目の前に迫った選挙と党派争いのため言いたいことが言えない)。

そんな足らなきゃ印刷すればいいんでしょ!と思っている。

でも、そんなふうにすればドルの価値が落ち、インフレになる。

つまり物価が上昇するのだ。

だから結局市民の生活が圧迫する。

 

ということで賢い市民はますます節約に情熱を燃やすようになってきた。

つまり不必要な買い物は避け、自給自足を目指す人も増加した。

 

でも、こんなことをみんながすれば、

「企業が倒産する!国の経済が破綻する!」と叫ぶ人もいる。

買い物客の足が途絶えれば自分の仕事も危ないかもしれない。食べていけない!

と心配する人もたくさんいる。

それは理解できる。

 

消えていく産業

でも!

考えていただきたい!

消えていく産業や企業というのはいつの時代でもあったのだ。

 

明治時代に突入すれば刀屋は仕事が無くなった。

自動車が大量生産できるようになれば馬車(日本では人力車?)なんていうものは道路から消えた。

馬を育てる産業も自動車産業に取って代わって廃業する人が沢山出たではないか。

よって馬車産業全体が破綻した。

 

救ってあげたくてもどうにもならない。

過去に頑固に執着していても生き延びることは無理なのだ。

人が求めていない産業は淘汰されて当然なのだ。

 

問題産業

個人的な意見で悪いのだが、

例えば特定の音楽業界。

つまり娘の業界。

これなんか淘汰の対象だ。

 

音楽には人の心を揺さぶるパワーがある。

それと同時に人間を堕落させるパワーもある。

前者は是非生き延びて欲しいと思う。

でも後者は消えて行ってくれても全く悲しくもなんともないし困る人はその業界の人だけでマジョリティには関係ないことなのだ。

大体が限られた地球の資源を人を堕落させるものに使ってなど欲しくない。

 

音楽業界に限られたことではない。

特定の書籍と特定の美術なども。

女性のファッションなんかこれにものすごく該当するではないか。

これからも売り上げをどんどん増やして!と意気込んでいたが、絶対今までのようにはいかないはずだ。はっきりいってコロナ以前にすでに飽和状態だったのだ。登り詰められるだけ登り詰めていた状態なのだ。だから今後は発想を変えなければ生き伸びることは不可能に見える。

そもそも、そんなに沢山の服というものが必要なのだろうか。女性は自分を魅力的にするためにファッションを追いかける。でもファッションのために環境を犠牲にしていることを知っているのだろうか?化繊の化学染料が詰まった服が健康に及ぼす影響をわかっているのだろうか?その服を作るために後進国の人が安い賃金で奴隷のように働いているのを知っているのだろうか。

女性ももっと頭を使って生活してほしい。(自分も女性だから言っても許されるはず)

 

クルーズシップはアメリカではリタイアリーに人気だ。でもコロナのお蔭で倒産寸前状態だ。すでに倒産に追い込まれた会社もある。

船に乗ってボーとして老後生活を楽しむ?確かにそうやって死がやってくる前の短い期間に「最後の青春」とやらを謳歌したいのはわかる。アメリカにはこの世代(ベビーブーマー)にこういう類の人が多く、かっこいいスポーツカーを乗り回し、最後の自己中な人生を満喫している。

確かにお金をばらまいてくれているので業界にはありがたいことだ。でも他の面ではどうだろうか。一般社会の役に立たずこうやって意味なく生き続けることに疑問を感じないのか。本当はリタイアした人は、もしまだ健康なら、その豊富な経験を活かしてボランテイアとかしたらいいように思える。長年の間に培ったその知恵と経験は非常に価値あるもので無駄にしてはいけない。またそういう風に老後を生きることが人生に意味合いをもたらしてくれるのではないだろうか。

人や動物や自然界の同胞の役に立つことを実践し、惜しまれて亡くなることこそ雄大な生き方のように思える。クルーズシップで羽を伸ばし有り余る退職金で好きなことをするというのも個人の勝手であるが、その意味はなんなのかとどうしても思ってしまう。きわめつけは、そのクルーズシップでコロナに感染して亡くなっても悲しんでくれる人は家族だけしかいない、という真実だ。

 

クルーズシップ産業が消えても一般市民は何も困ることはない。そこで働いていた人たちが困るだけだ。それは確かにかわいそうだ。でも道楽が環境汚染につながることを考えれば何が正しいか簡単にわかるような気がする。当然そこで働いていた人々は職替えをしないといけない。でも前述のように、こういうことは歴史を通して起きていたことなのだ。全ての産業を救ってはあげれないのだ。

マジョリティと個人の自由のどちらが大切かと聞かれてその答えはもうわかっているようなものだ。自由にやって金儲けできても資源を破壊し市民の精神を破壊してそれでいいってわけない?

実はいうと自分も今50代で、このリタイアリーの世代に手が届く日もそう遠くはない。だからちょっと失礼と思うことでも言わせていただいても許されると思う。

自分はこんな風に人生の最後を生きたくない。お金が捨てるほど余っているなら、困っている人を助けるための基金団体にでも寄付したい。たとえお金がなくとも人助けはできる。動物助けもできる。エコ活動もできる。それが本来の人間としての生き方でないか。死が間近なのに楽しむだけの人生に良心の呵責を憶えないなんて絶対おかしい。

 

全ては浅はかな現代文化がもたらした恩恵なのだ。

 

だからある産業は消えてしまっても仕方がない。

(例外:とてもいい企業の倒産は時代の憂き目に遭ってしまったわけだからこれは正真正銘の不幸で心からその悲しい気持ちを共有したい。わたしが言わんとしている類は別物。)

これからの時代に生き残れるのは地球の市民と全ての生存物の幸福を本当に考えることのできるそんな道徳心の高い産業と企業であると感じている。

 

無駄遣いは人助けか

人によっては無駄遣いをすることは実は無駄ではなく他の人(産業/企業)を助けているのだからいいのだ、と言うかもしれない。

でもその産業と企業を救うための理由で自分の財布の紐を緩める気にはならない。

産業と企業を守るか自分の家計を守るかと聞かれたら、当然答えは決まっている。

 

わたしはどうもそこまで気前よくなれないのだ。

それに特定の産業と企業を救うために散財を続け、その結果自己破産してもその産業と企業は自分を破産から救ってはくれない。

 

これが怖い現実なのだ。

だから節約。

 

クルーズシップも勘弁願いたい。

ファッションもさようなら。

どうでもいい音楽は最初から聞かない。

自分の頭と体と心を真実健康にしてくれないものは散財するに意義なし。

 

思うに、

市民はコロナのロックダウンで、人生に本当に必要なものはそんなに多くないということに気がついたのだ。

別にお金を使わなくとも楽しめる娯楽が存在することに気づいたのだ。

だから

特定の産業には悪いけど、

コロナ事件はウェークアップコールだったのだと確信してやまない。

 

 

ヘルシーライフと節約ライフの共存:住環境②息子たちの部屋改造

今回は息子たちの部屋。

とにかくこの家は寒い!

なぜ寒いか。

それは断熱材を入れる内壁と外壁の間の空間が州の基準よりはるかに狭かったことが要因の一つであったから。

 

よって!

壁を打ち破り

改造にあたることにした!

 

ついでに

どうせやり直すならナチュラルにしよう。

こんなチョークの塊のドライウオールなぞ即刻廃棄(おっと!リサリクル!)!!!

 

ということで

 

ビフォー!

部屋が北向きのこともあり何たって暗い!!!それに寒い!😖

でも写真だとえらい明るくて綺麗に見える!(^_^;)

でも!

騙されてはいけない!

これは絶対カメラのせい。

壁などはいい加減に裁断してあり入れてありで、めちゃくちゃなのだ。

でも写真では見えない。(^_^;) ちなみにこの家を建てた人は素人。だから計算間違いとかズレがすごい多い!自分たちも素人だけれどもこれほど大雑把でひどいのはアメリカならでは!と思わずにはいられない。

f:id:MimosaPalette:20200703231001j:plain

入口のドア付近。右がクローゼット。

f:id:MimosaPalette:20200703231103j:plain

西側にあるのはクローゼット。

f:id:MimosaPalette:20200703231156j:plain

東側。布団に男三人雑魚寝だったのでベッドはないのです。

    この写真は長男と次男はすでに家を出て三男が日本に1年半行っていた時。     だから・・・(いつもとは違って)部屋が片付いている!(^_^;) 

な〜んだ。悪くないじゃんね〜。

きれいで改造なんてする必要ないよね。と言われるかもしれない。

いやいや。すっごい寒いし、大体がカーペットといい壁といい、発がん性物質オンパレードじゃあ健康に悪いじゃないですか!だから改造しかない!

 

アフター!

(ビフォーの最後の写真と同じ場所)

天井も床も壁も全部パインにして自然で温かい雰囲気にした。

クローゼットを北側に設置してインソレーションの役目を果たしてもらうことにした。

f:id:MimosaPalette:20200703233636j:plain

 どう?

インプルーブメントになったと思いますか?

現在はエリアラグを含むすべて自然素材です。

 

ではお値段の方。

 

木材のみ:$850(85000円)!😆

 

これをプロにお願いするとなると

材料費込みで$7000(700000円)かかる!

 

破格の金額でナチュラルな部屋に変貌!!!

今はゲストルーム兼物置(^_^;)として活用。

ヘルシーライフと節約ライフの共存:住環境①バスルーム改造

田舎に引っ越してきた理由は主に健康のためだった。

夫に呼吸系の問題が出たので空気のいいところに移ることにしたのだ。

 

とは言っても購入したのは35年ものの中古物件。下々の人間はこれが限度。古いだけならまだしも、この家はこのままではとても住めない状態だった。地下が浸水したことがあるようで、また1年無人家屋だったこともあり、家中がカビ臭かった。

当然こんな家には住めない。

とりあえず引っ越し前に窓を全開し繊維質のもの(カーペットやカーテン)を全て除去しくまなく掃除をすることにした。

それで多少はマシになったけれど、もともと古い家なので、家に染み付いた臭いが取れない。屋外の空気だけ改善しても屋内の空気が悪いなら意味がない。

ということでただのDIYではなく

「大改造」が始まった。

でも以前の家はすでに売却してしまったので、この家に住みながらの改造だった。ということは少しずつしか着手できない。

 

我が家は春夏の4ヶ月間に集中してこの改造に勤しんでいる。

米国の周りの人は海外旅行などで楽しんでいる間に我が家は肉体労働に従事している。人から見ると馬鹿げているのかもしれない。

けれどもプロにお願いするお金もないので自分たちでするしかない。

 

それからかれこれ12年。

屋内の空気も夫の健康もかなり改善されたように見えるが、それと同時に労働からかなり加齢に拍車がかかったようにも見える。

 

 

それでは最初に取り掛かったバスルームをご紹介したい。

我が家はバスルームがなんと4つもある!

上の階に二つ。下に一つ。書庫に一つ(使っていない)。

ちょっと、なんでこんなにあるの〜???

(数が多いと私の掃除の量が増える!)

 

以前の家主はよっぽどの大家族か大食い家族だったに違いない(^^;)!?

 

上の階にある小さなバスルーム

ビフォー

南向きなのに窓がない!ってどうゆうこと?

暗くてなんとも嫌な感じ。

浴槽とその周りの壁はもっとも安いプラスチック製、つまり発がん性物質!

天井もカビっぽいねえ〜。

隣の家の人によると、なんでも以前の家主はこのバスルームを大型犬の部屋とし使っていたとか。どうりで臭い!

f:id:MimosaPalette:20200607224003j:plain

f:id:MimosaPalette:20200607224024j:plain

 

アフター

へ〜んし〜ん〜!

トイレの場所は移し替え浴槽はアンテックスタイルのを注文し夫と三男が入れてくれた。わたしは製図デザイン担当及び工事現場監督。労働はもっぱら男性陣が担当。ごめん(・_・;

f:id:MimosaPalette:20200607222133j:plain

 

窓を入れて明るくなった!タイルの壁の上は湿度に強いヒマラヤスギを使用。

カーテンはわたしが縫った。

カゴの中にはトイレットペーパーと布トイレットペーパー(コロナでトイレットペーパーが買えなかったためTシャツを切って作ったもの)(^◇^;)

f:id:MimosaPalette:20200626094235j:plain

 

右の家具は夫がこの狭いスペースに合わせて作ってくれた。

その上の洗面器は店で安売りしていたもの。上の鏡付きケースは夫が木箱を作り、それに既存の鏡を取り付けたもの。

f:id:MimosaPalette:20200626094346j:plain

 

How was it?

 

かかったお値段はと言うと(1ドル100円で計算するなら)

エコワックス(木材用):     $5 (50円)

全部のタイル(床と壁):       $150 (15000円)

ヒマラヤスギ材木(壁と天井):    $160 (16000円)

洗面器:              $65 (6500円)

カーテン(シーツでリメイク):     $0(0円)

窓(中古):                                        $40 (4000円)

浴槽(中古):                                  $420 (42000円)

                                                 合計:$840 (84000円)

 

で、

これをプロにお願いするとなると

材料込みでなんと

$6,720 !(672000円)

ひえ〜!たっか〜い!

 

ご覧の通り、自分でやればかなり節約できる(8分の1)ことになる。

そして我が家のバスルームは健康的に且つ見事に美しく変身を遂げた!

 

 

 

ヘルシーライフと節約ライフの共存:衣服編

何を買うか/何を所持するかにおける最初の判断基準は絶対に健康で次はお値段。

とわたしは決めている。

 

その健康の基準にはさらに優先順位があり、

すなわち

1番目。体内に直接入るもの。

2番目。体の皮膚を通して体内に入るもの。

3番目。体に直接触れてはいないが健康に影響があるもの。

 

このため前回はもっとも大切な食材(体内に直接入るもの)と運動についてお話しさせていただいた。

今回は第二優先事項である衣服(皮膚を通して体内に入るもの)についてカバーさせていただきたい。

 

実は現在、自分のワードローブの95%がもらい物でそれで十分足りているので服飾費にお金を使うことがない。でももらいすぎて処分をせざるを得なく、何を処分して何キープすべきか困ってしまった。それで様々な取捨選択方法を研究する羽目になったのだ。

 

最初に断捨離を研究。

これはいらないものや現在使ってないものを処分する方法。この選択法は簡単なようで意外と難しかった。漠然としていてちょっと。。。これを徹底するとミニマリズムになるのだと思うが家庭でミニマリズムを完全に実施することは結構難しいのでNG。

 

次はコンマリ法。

コンマリちゃんには悪いけど、わたしには心がときめくかどうか自分の胸に聞くという方法はちょっとね〜。

このような感覚的な決断方法だと、ほとんどがときめくこともあるし、ほとんどがときめかない時もある。その日もしくはその時間によって気分が変わるときもある。今日はそういう気分じゃあないとか、そういったタグイ。

なんとなく一貫性にかける感じがする。

良さそうでよくない。

 

最終的に落ち着いた方法。

買い物の第一の判断基準は体に害の少ないもので予算に合うもの。

頂き物は全部自然素材以外は処分(リサイクル店に回す)。

素材が化学繊維であっても心がめちゃときめくときも当然ある。

でも基準外なのでキープしない。

その後他の判断基準を優先順位別に考慮していく。

 

つまり

1番目。素材:上着と冬のスカートのライナー以外はほぼ全て自然素材。

 

2番目。色:冬の色と決めている。人によっては制服化する人もいるが、それだと楽しみがなくなるので色も取り入れている。

トップ:白、淡い水色、淡いピンク、黄色、真紅、フォーレストグリーン、黒

ボトム:薄いベージュ、黒、グレー

上着:マルーン、濃いフォーレストグリーン、ピンクかかったベージュ

 

3番目。柄:大柄のものは避ける。その理由は他の衣服とコーデイネートしづらいから、またただ単に自分に似合わないから。

 

4番目。オーガニック(完全に天然素材)かどうか

予算の問題と新しい衣服を買う必要がないのでこの件は現在のところ棚に上げてある。もし買い求める機会があるなら、是非化学物質が使われていないオーガニック繊維で自然染色の衣服を買い求める予定。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このリストに金額が入っていないのは、質の高いものは一般的に高額であることから安いものを買うことができない。だからこの中でお買い得製品を探すようにするつもり(まだやっていないけど)。

さらにうちでは古着をリメイクすることも多い。これだと健康と節約の両方に対応できる。

これがわたしの決断方法。

 やはり

専門家のアドバイスを鵜呑みにするのではなく

自分に合う選択方式というのを誰もが構築するべきなのではないかな。

 

一般的に節約を一番にすると健康に悪いものを選ぶことになりやすい。けれどもどこかで折り合いをつけながら「自分でできる」レベルの健康的な生活を目指すことは可能であると思う。 そう、ストイックでなくともいい!

 

と言うことでこのような衣服計画を実践すると持ち物はこんな感じになる。

f:id:MimosaPalette:20200622053257j:plain

ドレッサー(タンス):この中に夫婦の細々としたものをしまってある。つまり、下着、靴下、スカーフ、ハンドバッグ、マスク、運動着など。左側の赤い民芸風引き出しにはアクセサリーがしまってある。

 

f:id:MimosaPalette:20200622053410j:plain

クローゼットの全体:右側は妻の所持品で左が夫の所持品。埃がかぶるのであまり出していない。

 

f:id:MimosaPalette:20200622053501j:plain

妻側:右側の箱類にシーズンオフや現在ほとんど着ていく機会のない服(出勤用)をしまってある。上はコートと冬の帽子や手袋の箱。隣が妻の靴。玄関に置いてあるのは運動靴とサンダルのみ(と、夫の革靴も)。

 

f:id:MimosaPalette:20200622053529j:plain

夫側:今年は自宅勤務なので2着のスーツと教授ガウンしかハンガーにかかっていない。そう、夫はいつもTシャツとショーツのみ!

 

f:id:MimosaPalette:20200622053659j:plain

妻の日常的に着用している服。(現在自宅勤務であることからシンプルな着替えのみ)

夫はこれの倍。

 

とまあ、服に関してはミニマリストではないにしても、シンプルな方ではないだろうか。

 

このように

選択の基準を決めておくと、

服を選んだり処分したりする際、

シンプルで迷わないくていいから

時間の短縮につながる

と感じている。

 

コンマリちゃんには悪いけど、

この方が理路整然としていて決断が簡単なのでは?

 

 

ヘルシーライフと節約ライフの共存 :食事と運動編

 

f:id:MimosaPalette:20200615034405j:plain

(出典:https://www.workaway.info/en/host/385626774994

選択する際、決断の物差しになるものは何か?

 

自分のケースで行くなら、

第一に健康。

二番目が節約。

 

残りはおまけみたいなものだ。要するに上記の二つを実践すれば残りも自然と付いてくるということだ。(残りとはつまり、エコライフ、サステナブルライフ、シンプルライフなど)

 

だが健康と節約というのは相反する敵のようでうまく交えることができない。

だからわたしは

 

足りない頭を駆使して

お金をかけないで健康的に生活するようにしている。

 

例えば

オーガニック食品

これは店で買うと超高い!全部店で買うとなるとエンゲル係数が一気に上り詰め、うちみたいな下々の人間には貯金なんて到底無理。😢

だから、

なるべく自分でどうにかする。

つまり「自家製」と「貰い物」と「お買い得品のまとめ買い」に徹している。

 

例えば

 

家庭菜園(堆肥もゴミからの自家製なので買わない)

家庭果樹園(りんご、なし、もも、ブルーベリー、さくらんぼなど)

山菜(山で採らない。裏庭で採る。)

鶏を飼う(多忙なのでまだ始めていないけど二年後あたりに予定)

ケフィアを作る

お茶も手作り

パンも焼く。

(お米とか小麦は作ってないし作る予定なし。自分たちには無理。わたしは主婦でないし夫は公務員だし限界がある。)

 

他に自給自足をしている友人に食材を安くもしくはタダで譲ってもらう。

食糧貯蔵している友人が引っ越すたびに大量にタダでもらっている。

魚貝や肉類はオーガニック製品の大安売りの日にをまとめ買いして冷凍庫に保存。

釣りが趣味の夫の友人に遠くに釣りに行くたびに安く分けてもらったりもある。

 

ちなみに我が家は全部の食料が100%オーガニックというわけではない。それは不可能なので諦めているが、おそらく80%はオーガニックのはずだ。

また自家製で全部を賄おうとすると失うものもある。それは時間。

自分でしようとするとなんでも時間がかかる。店に買いに行った方が早い。

だからシンプルではない。けれでも、その面でシンプルにするより節約が大切なので時間を失うことは仕方がないと諦めるに至った。

自分にとって何がシンプルで何が複雑かは個人個人で判断すべきだと思う。

時間の節約をもっとも大切にするなら自分でなんでも生産しようとするのは辞めたほうがいいかと思う。

 

外食

レストランの食材はオーガニックは少ないしどんな食材で作っているかは客には不明。さらにお金を払っていると思うとしっかり食べるので、食べ過ぎになり太りやすい。

(知り合いでレストランの経営者がいたけど、腐っている野菜とか期限切りのハムとか料理に使っていたよ!高温で菌は死ぬから大丈夫だとか言っていた。)

スタバなんてどんでもない!

外食は不健康になりやすいのにお金をかけるなんてなぜか。

旅先では仕方がないとして、特別なイベント(誕生日とか)があるときも

「ただ券」がない限りは行かない(ミシガンはチップも20%も払わないといけない!)

 

運動

健康を保つためには運動は必須。

でもジムのメンバーシップにはどんなにお得と言われても行かない。社内にジムがあり低料金で使用が可能だがそれでも断じて行かない。

そのかわり家の前の道を走る。

庭の芝生を裸足でウロウロ。石ころの上に乗ってリフレクトロジー。

ヨガで柔軟体操。

あとは肉体労働。

これで十分。

車を走らせてわざわざ出かける必要もないからエコ。

自然の中で運動なのでナチュラルでヘルシーで節約できる。言うことなし。

そもそも、ジムっていうのは大都会の方のためにある感じがする。でも大都会にも公園も並木道もある。自転車に乗ることもできる。ジョギングはどう?タダだけど。

ジムはやっぱりいらない感じがする。

 

運動用のカッコいい服

こういうタグイはスパンデックスという生地でできていて伸び縮み性能に優れており運動に向いているようなことが言われている。それに見た感じとてもかっこいい!

そうそう。格好だけ見た感じではプロ並み。

そんな理由で、みんな意気込んでこのスパンデックス製品を買うのだろう。

よう〜し、やるぞ〜!みたいなね〜。

でも実は、毒性が強く、汗の吸収性が劣るためバクテリアが増加しやすい。     そして、発汗時に流出してきた化学物質と化学染料がバクテリアと混ざり、ぴったり接触した皮膚を通して体内に入る。よって体内の健康を犯すだけでなく皮膚疾患にもなりやすい。おおこわ!

いくらかっこよくてもそういう危険なものにお金を使う意味はなんだろうか。

かっこいい衣服を調達しなくともその辺の木綿のシャツとショーツで充分可能。それに格好いい服と運動能力及び健康は比例しない。

靴?

靴は性能が大切とよく聞く。

しかし別にナイキ製品を買う必要ない(うちの3男は靴が好きで無駄遣いばかりしている。ちなみにナイキシューズをアルバイト代で買ったが一度しか履いていないだけでなく、いらないから捨ててくれとお願いしてきた!バカ息子!最初から買うな!!!)

わたしの運動靴は中古品で3ドル(300円)しかかかっていない。特に問題はない。

それに足っていうのはあまりにも保護に力を入れると守られすぎて弱くなるってゆうのを聞かない?

更に化学物質(つまりプラスチック)から製造されているので発汗が悪い。よって蒸れやすく足の病気にもつながる。

いらない。いらない。靴なんぞサイズが合っていて穴が空いてなければなおよろし。新品でなくともいい。ブランド名にお金を払う馬鹿!そういうことをする人は人生が狂うぞ〜〜〜〜!

 

最後にもう一つ。

それはヨガマット。

滑らなくていいからだろうか?

けれでもあのヨガマットの上で汗をかくことが危険と知らないのだろうか?

なんで木綿のタオルではいけないのだろうか?

人はなぜ不健康なものにお金を使うのか?

 

結論

健康で貯金があれば人生の苦しみの80%は消える。

健康だけが取り柄でも、より多く働いて貯金ができる。

だが、貯金があっても健康がなければそのお金は医療費に消えて行くだけで希望も楽しみもない。

だからもっとも大切なのは健康と言えるのではないだろうか。

 

よって支出や活動における決断はこの健康に焦点を当てた決断方法で間違いがない気がする。そして健康は億万長者(古い?)でなくとも維持は可能。

 

自分の経験からいくなら、

節約しながら健康を保つことは人生を本当の意味でシンプルにすると感じている。

そしてそんな一人一人のシンプルライフ実践がたとえ些細であっても、多くの人が実践することによって、エコな社会建設につながるのでないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

エコでオーガニックでシンプルでヘルシーな節約生活は果たして可能?

 

f:id:MimosaPalette:20200613055415j:plain

(出典:https://positivepsychology.com/positive-effects-of-nature/

理想の人生は可能か?

シンプルライフ

エコライフ

ナチュラルライフ

オーガニックライフ

ヘルシーライフ

節約を念頭に入れて実践するってかなり大変とは思わないだろうか。

一つを取ればもう一つが犠牲になることも往々にしてある。

 

例えば

健康的な生活を目指すことが最優先なら、

衣食住すべてを健康に良いものだけにしないといけない。

危険なものは全て排除しないといけない。

これは可能なのだろうか?

可能だがお金がかかる。

よって節約しにくい。

危険なものを処分するならゴミが増えエコロジーの面からはマイナス点が多い。

 

節約を第一にするなら何も買わないか、もしくは徹底してもっとも安価なものを求めるべき。だがもっとも安価なものは一般的に質も劣る。

健康にも悪影響が及ぼされることが多い。

 

シンプルに生きることを最優先にするなら、ものを減らすことが第一に考慮される。

ミニマリズムまで徹底できるなら、必要になった時にまた買いに行かないといけない。つまり節約にならない。また捨てたり寄付に回してもゴミになる確率が高く、結局エコではない。

 

エコが最優先ならゴミを出さないようにすることは必須だ。

かといっていつもいつも瓶や入れ物を持って買い物に行くことも人によっては面倒臭いと感じるかもしれない。それは果たしてシンプルライフを言えるのだろうか?

 CO2を出さないようにするための努力も大切で、それにはお金がかかることもあるし時間を要することもありうる。

 

ナチュラルに生きることを最優先にするなら都会の仕事は辞めた方が良さそうだ。引っ越しも余儀なくすることをお勧めする。でもナチュラルライフは都会の人が憧れているような柔いものではなく面倒なことが多い。シンプルな生活と言ってもそこまで便利ではない。エコでオーガニックで節約的なのは正しい。だがいつもヘルシーというわけでもない。怪我をすることもあるのでその面では健康的ではないかもしれない。田舎生活には自動車もあった方がいい。でも自動車は高くつくから節約にはつながらない。排気ガスもエコではない。

 

これを取ればあれがダメになる。完璧はない。

 

結論

何を最優先にするかはその人の人生において何がもっとも大切かという個人的な基準に基づくべきだ。それがない人はただ単に流行に踊らされているだけなのではないだろうか。

何が最優先で何を諦めるか、そしてその決断は何に基づいた決断なのか、わかっていれば迷うことも少ない。

自分も迷うときは原点に戻り何を信じていてどういう人生に価値を置いているか自分に問わないといけない時が常々ある。

でもそれだけではない。

諦めからガッカリしないように、自分との折り合いをつけることも大切だと気づいている。

若い時は理想に走りやすい。また理想に走れる柔軟性や勇気や体力にも恵まれている。

でも年をとるごとに限界というものをみせつけれらることが多い。

また家族がいる場合も違う。周りとの協調性も大切で勝手になんでも自分の好きなようにはできない。だから理想を追求できない分野が出てきても仕方がない。

頑固に固執するよりも強調した方がいい。それは確かに健康も理想も大切だが、人と仲良くやっていくことはおそらくもっと大切だからだ。

 

どのような理由があろうと諦めないといけない分野が出てくることは仕方がない。

ここまでしかできない自分との折り合いをつけることは生きていく中でとても大切なことのように感じる。

全部完全に理想的にできなくともいい。

できるところをすればいいのだ。

気づいたことだが、一つのカテゴリーを頑張ると他のカテゴリーも結果的に実践していたりする。

そしていずれ全てのカテゴリーをカバーできている自分を発見することになるだろう。

(自分はまだそこまでたどり着いていませんが。。。。)

 

 

心を穏やかにするものー夜明けの散歩

 

f:id:MimosaPalette:20200606033915j:plain

(出典:https://jooinn.com/dawn-3.html

朝明に誰もいない自然の中を散歩することが好きだ。

もっともこんなに朝早く起きられればの話だが。

 

このとき

空の大部分はまだなんとなく暗く

夜が完全に開けていないことがわかる。

けれども新しい一日が始まっていることもわかる。

少しずつ暗闇は過ぎ去り光が取り戻されていく。

それと同時に心の中の暗闇も光に押されて消えていくようだ。

 

昨晩の涙を一掃してくれるかのごとく

朝の露がしっとりと空気を満たしていく。

そしてその霧が胸をいっぱいにしてくれ

心は希望という名前の見えない姿の

温もりで包み込まれていく。

朝という不思議な時間は英気を与えてくれる。

 

自然は心の一番の処方箋で

年齢や性別や裕福であるかないかにかかわらずすべての人に平等に与えられている。

ただそこにいてくれて静かに何かを語ってくれている。

自分が今必要としている答えを用意してくれることも多い。

洗浄剤であり鎮静剤であり親友とも呼べる。

 

その中でも一番の親友は朝早くに好んで訪れることが多いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

心を穏やかにするもの−バラの花びらの上の雫

 

f:id:MimosaPalette:20200606030137j:plain

(出典:https://best-wallpaper.net/Light-blue-rose-petals-water-drops-dew_iphone_wallpaper.html

バラの花びらに降りてきてくれた小さな雫を眺めていると

自然の不思議さに感動する。

 

雫は透明でガラスのように映る。

ただの水滴であるのに真珠のようにも見える。

 

小さく壊れやすい。

そんな繊細でもろいものの中に一瞬の美しさを感じる。

 

雫はいずれ消えてしまうもので

その時が来るとなぜか悲しい。

それはバラの花びらが涙を流しているように見えるからなのか。

 

バラの花びらは悲しい物語を語っているのだ。

哀愁はひとえに美しい。

この一瞬の美の中に心を深く突き刺す叡智が存在しているかのようだ。

 

忙しさの中で気にも止められず埋もれてしまいそうな事象が自然の中には多くある。

特に小さな美しいものの中には心を洗い穏やかにするものが存在していると思う。

何も考えずにそれをただ見つめることによって心は静かになり穏やかさに包まれていくのだ。

そんな時にわたしは神の存在を確信する。

自分は忘れられた存在ではなく慈しみ愛されている存在だと。

そんなときは誰に言われなくとも「ありがとう」という言葉が口からこぼれてくる。

そして無性に幸福感に満たされるである。

 

 

 

 

 

 

キャンプが嫌いでナチュラルライフができるの?

f:id:MimosaPalette:20200530180935j:plain

(出典:https://www.voicemagazine.org/2016/07/01/why-i-hate-camping/

わたしはキャンプなることが嫌いである。

ナチュラルライフつまり自然な生活を目指している人がキャンプが嫌い?????

そう。

つまりナチュラルライフの中のキャンプ的な要素が嫌いなのである。

 

理由1:体質

実はわたしは植物負けする体質だ。

虫も、特に蚊が嫌いだ。

虫に刺されて異常に腫れ上がる体質でもある。

 

キャンプといえば子供の時に強制的に行かされた学校のキャンプを思い出す。

いつも暑い夏で(なんで夏にやるの?)

散々山を歩かされて

やっと辿り着いたキャンプ場も

街と変わらない暑さ。

バンガローに泊まったが

最初にすることは虫殺し。

その後は嫌な化学物質の匂いのするバンガローの汚い床にみんなとゴロ寝。

ウキウキなど全くしなかった。

わたしは土のついた汚い地面に寝るのが嫌いなのである。

 

翌日もその翌日も先生が決めた活動が詰まっており

ただひたすら

暑さとの戦いと

虫との戦いと

毒草との戦い。

 

最も毒のない野草でもわたしは簡単に植物負けするタイプで

(触らなくとも近くに寄っただけで湿疹が出る)

だから暑くてもしっかり長袖長ズボンで顔も首もしっかりカバーしないといけない。

これが我慢大会でなくて何なのだろうか。

だから他の生徒は楽しそうに笑っていたが

わたしはキャンプで笑ったことはない。

ただただ耐えていた。

毎年。

 

こういう人がナチュラルライフなんて笑っちゃうよねえ〜と言っている人の声が聞こえる。全然自然を謳歌してないじゃん!と言われそうである。

 

実はわたし自身もそう思っている。

だから本格的にナチュラルライフを実践している人をみて半分羨ましくなることがある。

でもわたしには絶対に無理!

 

理由2:汚いのが嫌い

自分の体質の問題だけではなく

日本で徹底して仕込まれた

清潔を心がける生活習慣が

肌に染み込んでいて抜けないのだ。

 

そういえばわたしの母は

よく家中のドアノブを消毒していた。

 

そんなことをする人は自然児には決してなれない。

自然とは汚いものなのだ。

危険な菌がうようよしているのが普通なのだ。

 

コロナ騒動でどこの国の人も消毒を心がけるようになったが、

アメリカの山の中に住んでいる人が聞いたら笑い転げてしまいそうである。

でも日本人はコロナ以前も菌対策を余儀なくしていたはずだ。

そんな国民性なのだ。

それが自分の中にもしっかりと根付いている。

 

理由3:問題解決能力と勇気と体力

週末だけのキャンプはお遊び程度のナチュラルライフだ。でもそれにも問題解決能力や勇気、そして体力が必要。

大体が週末だけでも耐えられないのに、生活自体が毎日キャンプのようならどうだろうか。わたしにはサバイバルの知識や勇気が欠けており続ける体力にも欠けている。だからかなり難しい。

 

だが、プロのサバイバリストつまりプロのキャンパーは違う。

周りには人っ子一人もいないような鬱蒼とした密林の中に自分で家を建てることはもちろん、全て自給自足主義。

家庭菜園なんてそんな上品なものではない。

その辺の蛇やイノシシやクマを殺して食べ

野草を食べ、野生のベリーが主食(これは自分は実践しているけど)。

羊を飼い羊毛から毛糸を作りセーターを編み、山羊もしくは牛からミルクをとり、鶏から卵をもらう。

電気も水道もガスも来ないから自分でどうにかする。

当然こういう人はアレルギーなどとは無縁なだけでないとにかく頑丈である。

そして、勇気のかたまりである。

 

でも自分にはここまでの勇気はない。

まずもって、全く一人になることが都会人には怖いからである。

辺境で怪我をしたりしても救急車がすぐに駆けつけてくれる確率は低い。

助けてくれ〜と叫んでも誰も来てくれそうもない。

おそらく真っ先に到着するのはお腹をすかせた野獣しかいないだろう。

空にはハゲタカとワシ。

地上には狼と山猫。

 

自分の命を賭けてもいいほどストイックにできるのか。

 

もちろん不可能。

キャンプが嫌いな人間はそんな生活ができるわけがないのである。

蛇や虫や毒草という敵に打ち勝つことも無理。

大体が地面の上に寝たりとか・・・できない。

アリも這ってやってくる。

鳥肌が立ちそう。

 

だめだこれ。

そもそも、アリや蚊くらいで震えている人間が狼や山猫に対応できるわけがない。

 

自然児はうんと強くないといけない。

突然の出来事に一瞬にして対処できる能力も必要。

怖いものに立ち向かえる勇気も必須。

 

自分はアマチュアなのだ。

 

結論

今までどのくらいできるか色々試してみた。

それで最近発見した。

ナチュラルライフは結構面倒で難しい、と。

 

わたしがナチュラルライフを目指したかった理由は、

心身ともに健康になりたかったからであって、

ストイックに徹底的に自然と共に生きたかった訳ではないと。

 

 

だから

自分にできる範囲でしかしない。

それが普通でそれでいいと思う。

自然な生活を追求するあまり怪我をしたり病気になっては元もこうもない。

キャンプが嫌いな人にはキャンプが嫌いな人なりのナチュラルライフがあってもいいような気がする。

 

ちなみにわたしの家族は自分を抜かして全員キャンプが大好きである。

地面に寝ることも、アリンコも蚊も蛇でもなんでも大丈夫らしい。

そのせいか、自分の部屋が汚くとも全く平気ときている。

 

 

 

自宅待機令延期(これで何回め?)

ミシガン州知事グレッチェン・ウィットマー氏は先週の金曜日5月22日に、自宅待機令を5月28日から6月12日に再延期した。

f:id:MimosaPalette:20200525051351j:plain

(ミシガン州知事、延期発表。https://www.usnews.com/news/best-states/michigan/articles/2020-05-22/why-would-you-miss-it-many-bars-restaurants-reopen

 

共和党が率いる州議会による知事を相手とった訴訟の結果は、知事の勝訴となった。翌日、民主党員である知事は 「コロナウィルス菌 緊急宣言令」も6月19日まで延期した。この両方の法令は一週間後の28日に終止符が打たれるはずであったが、知事は「おそらく延期になる確率が高い」と述べていたので予測通りだった。

「データは改善を示しているけれど、まだ森から出たわけではない。セカンドウエーブの可能性を少なくするため、また地域の人々及び家族をウィルス菌から保護するため、私たちは自宅待機を継続しないといけない。」と知事は声明した。

金曜日の段階で、 5,158 人が コロナウィルス菌が原因で亡くなり、これは全米で4番目に多い。一日の死亡総数は29人も増え、新しいケースは403人も増えたことで、患者総数はパンデミックが始まってから54,000人にも登った。

もっとも、ほとんどの患者の症状は発熱や咳などの軽中度の症状のみで2週間から3週間で完治している。けれども、特にお年寄り及び既に健康問題のある人はより重度の症状が見られ死に至るケースもある。

 

現在のところ

劇場、映画館、サロンなどのビジネスは引き続き閉鎖されたままで集結は6月19日まで。バーやレストランはミシガン州北部(顧客数は満席の50%のみ)以外は閉鎖が同日まで続行される。北部はもともと感染数も死亡数も少ないので既に閉鎖は終結した。

生産業は復帰したが100%稼働しているというわけではない。

医科歯科院では10人までなら集まることが許されることになり、自動車デイーラーや小売業は予約のみでの販売開始が近々実施される。

 

このように規制は緩やかになってきているといっても、市民の苦情は絶えることがない。

例として、知事の再度延期決断はミシガン商工会議所から反感を買うことになり、CEOのリック・スタッドリー氏は、知事の「自宅待機失業令」に今のところ終結は全く見えない、とTweetで述べていた。

https://www.usnews.com/news/best-states/michigan/articles/2020-05-22/why-would-you-miss-it-many-bars-restaurants-reopen

 
ここまでくると呆れて言葉を失うばかり。
 
だが、今回のコロナ自粛対策は戦争と似ている気がする。
戦争:年配者が戦争を決断し、若者を戦地に送り死んでもらう。
コロナ自粛対策:年配者が生き延びるために年配者が経済破綻を推進し、若者を雇用氷河社会に送り出し彼らの今後の人生を破壊させる。
う〜ん。似ている。
 
余談1:夫と夫の友人はフェースブック上で、社会現状と党派感の問題について(つまり民主党の悪口)の意見を交わしていたが、フェースブックから「やめないとアカウントをキャンセルするぞ」と脅しが来た。
これは米国憲法に対する違法である。最も米国の宗教団体の多くが同じようなものなのだが。教会の真実を暴くと破門になるのは普通だ。フェースブックに書き込んで欲しくないこと(政治)を書くと破門ね?
憲法はどうなっちゃったの???
 
余談2:医学会の新情報。家に長くこもっていると病気になりやすく、コロナウィルス菌に罹りやすい体質になる。当然でしょ。ストレス溜まるし、新鮮な空気は吸えないし、運動不足じゃあね。そんなの常識ですよね〜。
 
余談3:音楽業界が仕事を開始したようで娘に仕事が来るようになった。ただ過去2ヶ月の遅れを取り戻すかのように仕事量がめちゃくちゃ多い!よって週日7日制で毎晩朝方まで仕事をする羽目になっている。まあ仕事がないよりはいいので文句は言えない。でも顔色が悪いし・・・あっ!おでこにシワも!!!!!。
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

イラスト:MCL